2009年1月15日木曜日

機会損失

"私の"情報ダイエットのキーワードは「機会損失」。

チャンスを逃した損失と、チャンスを逃さないためのエネルギー(コスト)とは結果論でしか比較できない。
後者のコストの期待値が大きい(高確率な低コスト+低確率な膨大コスト)と思える時には、私は機会損失を選ぶ。

本当にこれでいいのかと揺らぎまくったり、機会損失を積極的に選ぶことは常識外れだと肩身が狭い思いをしたりするけど、より良い(善い)人生よりも確実に一日長く生きることを選んでいる間はこうしていこうと思う。

2009年1月14日水曜日

想像力とか体感力

に関することを考えていたんだけど(スタート地点は全然別だったはず)、消化してしまったのか頭の中で霧散した。
時間と空間が近づいていくこととか、過去の狂気が未来の通常になるという感じとか、そんな事が関連している。

モチベーション

「モチベーションが低いときは○○すると良い」みたいな文章を見て、どうするのが良いのかということを考えられる状態でも「モチベーションが低い」に入っていることが不思議だなあと思った。
私がモチベーションが低いとかやる気が無いと思っている時は、明日の食料や住むところが無くても(今は)構わないと思っている時なので、やるべきことをピックアップして云々とかができるレベルではないから。

で、私が思っている「モチベーション」というものがそもそも違うのかな?と思ったので検索してみた。

動機づけ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8B%95%E6%A9%9F%E3%81%A5%E3%81%91

ということは、モチベーションが低い=「行動の理由において不快を避け、快感を得ようと」していない、ということかなあ。
ある意味私はモチベーションがずっと低いということかな。
破滅願望がある人とかは、どんなに激しい言動を取っていてもモチベーションが低いということかな。

「眠いけど、まともに仕事ができる気がしないけど、給料が欲しいわけでもないけど、考えるのが面倒だからとりあえず出社しよう」としている時はモチベーションが低いのかな。
考える苦痛から逃れようとしているから、そんなに低くないのかしら。
むしろ「一人暮らしをして人並みの苦労をしたい」と思う方がモチベーション低いのかな。
それは内発的動機づけになるのでどっちもどっちなのかな。

無意識とかまで関わってきそうでキリが無いから、あんまり一番下を探そうと思っても意味ないか。

ライフハック的な方向だと、内発的動機づけがしにくい時は外発的動機づけをせよという話で、まあいいんだけど。

2009年1月8日木曜日

減点法だけど

私はかなり減点法でマイナス思考な人だと思うんだけど、それでもとても元気に明るく過ごしているように見えることが多いのは、元の点数がめちゃめちゃ大きいからだと思う。
減点しても減点しても、他人や自分や世界に対する評価が高いところにあるんだと思う。
減点し疲れするくらい。

「どん底に落ちたらあとは這い上がるだけ」という話があるけど、私はたぶんどん底に落ちることができない。
だからずっと減点し続けるんだけど、しばらくは世界に対して高評価が続くんだと思う。
未来に希望があるんじゃなくて、現時点で感じている世界そのものがステキなんだ。
でもステキさを素直に感じるには私のスペックが低い。

うーん、私は世界を自分が認識できる位置に引き寄せるために減点しつづけているんだろうか?

2009年1月7日水曜日

理性の他に

悟性という言葉もあるのか。
感性とあわせていろんな人の定義を調べたい。
でも実感はできそうにないけど。

順調に

哲学・宗教・脳科学(神経科学)と興味が出てきました。

哲学するのと哲学を学ぶのはちょっと違うのかなー。

理性とは何か

ソフィーの世界を読んでいたら、「理性とは何か」という定義が自分の中でできていないことが気になってきた。

流れ:
・デカルト・ロック辺りの話を読みながら、私は「確かなもの」を求めていないので哲学者(方向の人)ではないなあと思った。

・私は理性も情動の一つだと思うので思考は情動の上に存在していると思っている=「確かなもの」を求める道具にはできないのではないかと思っている

・あれ?そもそも「理性」ってみんなどう定義してるんだ?

って感じ。

うーん。
情動の一つというより、無意識の部分でどれだけ判断しているかというのが測定できないことには理性も情動も分けられないのではないかっていう方が近いかなあ。